はじめに――「数字なのに“人の心理”を映す鏡」
株式市場が荒れると必ず名前が出るのが「恐怖指数(VIX)」。
VIXは、S&P500オプションに織り込まれた30日先の予想変動率(インプライド・ボラティリティ)を指数化したもので、不安や恐怖が増すほど跳ね上がる“心理の温度計”です。過去の暴落局面では、VIXが40〜80台に急騰し、「恐怖のピーク=底打ち接近」という文脈で語られてきました。Cboe(シカゴ・オプション取引所)が公式に算出し、その対象はS&P500のOTM(アウト・オブ・ザ・マネー)プット/コールを幅広く使うのがポイント。単一満期ではなく、残存23〜37日の近・次限月を合成して“常に30日先”へ正規化する構造です。
1. VIXの基礎を丁寧に(最初に押さえる3点)
1-1. VIXは「これから1か月の“年率換算”の揺れ幅」を示す
VIXの値は年率換算の%イメージです。たとえばVIX=20は「今後30日でS&P500が±約5.8%(20÷√12)程度動くとの市場予想」を意味します。重要なのは、過去の値動きではなく“将来”を織り込む点。だからニュースより心理が先行して跳ねることがあります。
1-2. 算出のざっくり構造
- 材料:S&P500(SPX)のOTMコール/プットの板(ミッド)
 - 満期:残り23〜37日の2本(近限・次限)をロールでつなぐ
 - 出力:30日先の期待年率ボラ(VIX)専門的にはOTMオプション価格の加重積分 → 30日分散 → 年率換算の平方根という流れ。詳細はCboeホワイトペーパーが最も信頼できます。
 
1-3. 水準感の目安
- 10〜15:かなり落ち着いた平時
 - 20前後:やや不安
 - 30超:警戒強
 - 40以上:パニック域(歴史的な急落同伴が多い)
 
2. 歴代の暴落時におけるVIXの上昇(一望できる一覧)
VIXの歴史を俯瞰すると、1990年代から2020年代にかけて「金融危機・地政学・政策ショック」で急騰が繰り返されてきました。代表的な“恐怖の山”をS&P500のドローダウンとともに並べます(VIXは主に日中高値 or 終値の代表値を採用)。
※VIXのピークは日中高値か終値かで数字が微妙に異なります。史上最高は2008年10月24日の日中高値89.53(終値は79.13)。2020年3月は終値ベースで82.69が有名です。
2-1. 歴代の下落局面とVIX(代表値)
| 年・出来事 | S&P500の下落率(概算) | VIXの代表ピーク | 備考 | 
|---|---|---|---|
| 1998 ロシア危機・LTCM破綻 | ▲19%前後 | 45.74(終値) | 90年代後半の恐怖ピークの一つ。 | 
| 2001 米同時多発テロ(9/11) | ▲30%前後 | 49.35(終値) | 事件直後の急騰。 | 
| 2008 世界金融危機(リーマン) | ▲50%前後 | 89.53(高値) | 史上最高水準。終値79.13。 | 
| 2010 ギリシャ危機・フラッシュクラッシュ併発期 | ▲17%前後 | 45.79(終値) | 欧州債務不安と市場構造不安。 | 
| 2011 米国債格下げショック | ▲19%前後 | 48.00(終値) | S&Pが米国をAA+へ格下げ。 | 
| 2015 チャイナショック | ▲12%前後 | 53.29(高値) | 金融危機期を除き50越えの稀有な年。 | 
| 2018 “VIXショック”(Volmageddon) | ▲10%前後 | 50.3(高値・2/6) | ショート・ボラ戦略の巻き戻し。 | 
| 2020 コロナショック | ▲34%前後 | 82.69(終値) | コロナ初期の世界的恐慌懸念。 | 
| 2025 トランプ関税ショック | 週次で▲8%前後(局面) | 52.33(終値・4/8)〜55台(レポート) | 2020年以降で最も高いレンジの一つ。 | 
直近の時系列(公式系列)は**FREDのVIXCLS(終値)**が無料で参照可能。ヒストリカル確認やグラフ作成に便利です。
3. 直近トピック:2025年「トランプ関税ショック」とVIXの急騰
2025年4月2日前後、トランプ政権が**大規模な追加関税(実効関税率が戦後最高水準へ)**を打ち出し、株式・為替・コモディティに急激なリスクオフが広がりました。VIXは4/4〜4/8にかけて45→52超、各社見解では“55到達”の指摘もあり、2020年コロナ初期以来の恐怖レンジに入ったとのトーン。株式はS&P500で週次▲8%程度まで売られた場面が報じられています。
さらに、2025年10月にも対中関税を巡る緊張再燃でVIXが再スパイク。主要紙は「4月以来最悪の下げ」「恐怖指数が20台後半まで上昇」などと伝えています(10/10の急落)。春のピーク(50台)には達していないが、**政策リスクは“持続性のあるボラ要因”**であることを再確認させる出来事でした。
4. 年ごとの“平時と有事”を数で把握:年別の平均・高値・安値
暴落時だけを見ると恐怖が誇張されがち。年ごとの「平均VIX」や「レンジ」を見ると、平時の10〜20台と有事の40〜80台のスケール感が掴めます(代表年のみ抜粋)。
厳密な年平均はデータ集計の定義(終値平均、営業日ベース等)で僅差のブレが出ます。ここでは主に**FRED(VIXCLS)と各年の代表ピークを一体で読む“水準感のガイド”**として提示します。
| 年 | 年間平均の目安 | 最高値(種類) | 最低値(種類) | 主な出来事 | 
|---|---|---|---|---|
| 1998 | 高め(20台後半) | 45.74(終値) | 〜10台後半 | ロシア危機・LTCM破綻。 | 
| 2008 | 高め(30台) | 89.53(高値)/79.13(終値) | 10台後半 | 世界金融危機。 | 
| 2011 | 高め(20台中盤) | 48.00(終値) | 10台半ば | 米国債格下げ・欧州債務。 | 
| 2017 | 低位(11前後) | 17前後 | 9.1(史上低位圏) | 超・低ボラの代表年。 | 
| 2018 | 中位(16前後) | 50.3(高値) | 9台 | VIXショック。 | 
| 2020 | 高位(29前後) | 82.69(終値) | 12前後 | コロナショック。 | 
| 2025 | 中位→高位(局面差大) | 52.33(終値)〜55(指摘) | 13〜16 | トランプ関税ショック。 | 
10年ごとに平均VIXを見ると、2000年代>2020年代>1990年代>2010年代の順で高い傾向(危機・政策・地政学の頻度差)。概念整理の補助として。
5. VIX連動商品(ETF/ETN)の使い方と落とし穴
VIXそのものは現物が存在しないため、VIX先物連動ETF/ETNを使います。代表例は次の通り。
| 商品名 | ティッカー | 概要 | 想定用途 | 
|---|---|---|---|
| iPath S&P 500 VIX Short-Term Futures ETN | VXX | 1〜2限月のVIX先物をロール。短期の“恐怖上振れ”取り。 | 短期ヘッジ/戦術的トレード | 
| ProShares Ultra VIX Short-Term Futures ETF | UVXY | 短期VIX先物へのレバレッジ(2倍)。 | デイトレ級の短期戦術 | 
| ProShares Short VIX Short-Term Futures ETF | SVXY | VIXの反対方向(ショート・ボラ)。 | 平時のボラ縮小取り(高難度) | 
| NEXT NOTES 日経平均VI先物連動 ETF | 1552(東証) | 日本版VIX(VI)先物に連動。 | 国内投資家のヘッジ手段 | 
超重要:長期保有は基本的に不向き。
VIX先物は平時コンタンゴ(期先ほど高い)になりやすく、ロールコストによる価値毀損(時間とともに減価)が構造的に発生しやすいからです。ボラ上振れを短期で“点”として拾うか、株式の下落ヘッジとして発生確率の高い局面だけに限定して使うのが定石です。
6. 「VIXは逆張りシグナル?」――実務での読み解き方
- 40〜50台:パニック域。**底打ち接近“ことが多い”**が、時間軸を誤ると連敗(“落ちるナイフ”)。
 - 10〜12台:過度な楽観。上ぶれリスクに注意。
 - 突発スパイク→反落:数日〜数週のリバウンド余地。
 
過去データでは、VIXスパイク後に1年・3年で株価がプラスになっている局面が多いとの集計もありますが、“統計は確率”であって保証ではないことを強調したいです。政策・流動性・信用の質が違えば「同じ40」でも意味が違います。
7. まとめ
- VIXは“将来1か月の不安”を数字化:過去ではなく期待を映す
 - 歴代の恐怖ピークは40〜80台:2008年が史上最高89.53(高値)、2020年は終値82.69
 - 2025年は“政策ショック”で再び50台:コロナ初期以来の恐怖レンジに再突入
 - ETF/ETNは短期・限定的に:ロールコストで持ちっぱなしは不利
 - 実務は“VIXだけ見ない”:クレジット、流動性、政策、為替・金利の総合判断へ
 
8. よくある質問(簡易Q&A)
Q1:VIXが20を超えたら売り?
A:**水準だけでの機械判断は危険。**ニュースの性質(金融システム・地政学・政策)、クレジットスプレッド、金利急変、ドルの動きも併せて確認を。
Q2:VXXやUVXYを長期で持つのはダメ?
A:基本非推奨。平時は期先高・コンタンゴで構造的に減価しやすい。暴落の**“点”**で使うことに意義。
Q3:最新データはどこで見る?
A:Cboe公式/FRED(VIXCLS)/主要メディアの相場面。FREDはCSVダウンロードや時系列グラフが軽くて便利。
参考図表(補助)
A. 主要ピークの“定点”
- 2008/10/24 VIX高値89.53(終値79.13)――史上最高日。
 - 2015/8 チャイナショック 53.29(週の最大スパイク+113%)。
 - 2018/2/6 “Volmageddon” 50.3(高値)。
 - 2020/3 コロナ初期 終値82.69。
 - 2025/4/8 終値52.33(Macroption集計)/55到達のレポートも。
 
B. 10年ごとの“ざっくり平均感”
- 2000年代>2020年代>1990年代>2010年代(危機頻発度の差)。
 
参考文献・データソース
- Cboe「VIX Methodology / White Paper」:算出ルールの一次資料。
 - Cboe「VIX Index(公式解説)」:特性・用語の整理。
 - Macroption「VIX All-Time Highs」:史上高値、主要ピーク一覧。
 - FRED(St. Louis Fed)「VIXCLS」:終値系列・CSV。
 - SIFMA「The VIX’s Wild Ride」:各年ピーク(1990〜2020年初頭)。
 - Bloomberg / UBS / Reuters / FT / Barron’s:2025年トランプ関税ショック時のVIX・相場動向。
 - Cboe Research / BIS / IMF:2018年“VIXショック”(Volmageddon)の分析。
 
  
  
  
  

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