『火垂るの墓』の背景から見る昭和戦時下の暮らしと経済史 〜株式市場と企業ランキング〜

ファイナンス ヒストリア

はじめに

金曜ロードショウで放送される『火垂るの墓』は、1945年(昭和20年)、太平洋戦争末期の神戸を舞台としています。

主人公たちの悲劇的な運命は物語として強い印象を残しますが、その背景には、当時の日本経済・株式市場・企業構造の劇的な変化があります。

本記事では、戦時下から終戦直後にかけての日本と世界の経済史を、

  • 株式市場の動き
  • 企業ランキング
  • 当時の暮らしと物価といった切り口で振り返ります。

1. 戦争が経済を変えた

1-1 軍需優先経済への転換

1941年の日米開戦以降、日本の経済は完全に軍需優先へと転換しました。

民間の生活物資や消費財の生産は抑えられ、鉄鋼、造船、航空機、軍服、燃料などの生産が最優先されます。

  • 綿糸・毛糸 → 軍服・毛布に回される
  • 食用油 → 潤滑油や軍用燃料に転用
  • 自転車や時計 → 製造制限対象

結果として、生活必需品は極端に不足しました。


1-2 戦時インフレ

物資不足の一方で、政府は戦費調達のために国債発行と紙幣増刷を行い、インフレが進行しました。

公定価格と実勢(闇市)価格の乖離は年々拡大します。

米(公定価格・1升)米(闇市価格・1升)
1941年約30銭約35銭
1945年約1円20円以上

※1升=約1.5kg


1-3 配給制度と闇市

生活物資は配給制となり、国民は「配給切符」を持って受け取りますが、量・質ともに不足。

成人1人あたり1日米2合(約300g)程度まで減少し、代用食が主流となります。

不足分は闇市で補うほかなく、農村から持ち込まれる米や芋、魚が高額で取引されました。

闇市は生活の命綱であり、同時に戦時インフレの象徴でもありました。


2. 戦時下の日本株式市場

2-1 統制下の市場

昭和15年(1940年)以降、株式市場は自由な取引の場ではなく、戦費調達と国策企業支援のための制度へと変化しました。

  • 東京株式取引所は「日本証券取引所」へ統合(1943年)
  • 売買制限により取引量は戦前の1/10以下
  • 株価は事実上の固定化に近い状態

2-2 株価推移(推計)

日経平均換算値備考
1939年約150円日中戦争長期化
1941年約120円太平洋戦争開戦
1944年約90円戦況悪化
1945年8月約85円終戦直前
1945年12月約60円終戦後の混乱

※当時の東証平均株価を現在の指数換算で推計。


2-3 金融政策と株式

  • 大量の戦時国債発行
  • 日銀による引き受けで市中に紙幣供給
  • 株式は現金化しにくく、金・不動産・物資へ資金流出

3. 終戦直後の市場

1945年8月の終戦後、株式市場は休場し、同年12月に再開。

しかし企業業績の悪化とインフレ加速で株価は低迷します。

1946年には新円切替と預金封鎖が実施され、資金流動性が大きく制限されましたが、

インフレヘッジとしての株式需要も少しずつ回復し、1948年頃から上昇基調へ。


4. 1940年代日本の主要企業ランキング(資本金ベース)

戦時下の大企業は、ほぼ軍需・輸送・基幹産業に集中していました。

順位企業名(当時)業種資本金(万円)備考
1日本郵船海運約2億円世界有数の船隊規模
2三菱重工業重工業約1.8億円戦艦・航空機生産
3三井物産商社約1.7億円資源・食料輸入
4南満州鉄道鉄道・商社約1.6億円満州経営の中枢
5住友金属工業鉄鋼約1.4億円軍需用鋼材供給
6日本製鐵鉄鋼約1.3億円現・日本製鉄の前身
7大阪商船(後に日本郵船と統合)海運約1.2億円輸送船団運営
8東京電燈電力約1.0億円戦後東京電力へ
9東洋紡績繊維約0.9億円軍服用生地供給
10大日本帝国製糖食品約0.85億円軍需用砂糖供給

※当時の1億円は現在の数千億円に相当。


5. 世界の主要企業ランキング(売上・影響力ベース)

戦勝国アメリカでは、製造業・石油・鉄鋼が世界経済を牽引しました。

順位企業名業種備考
1ジェネラル・モーターズ(GM)自動車世界最大の自動車メーカー
2U.S.スチール鉄鋼世界最大の製鉄会社
3スタンダード・オイル(NJ)石油後のエクソンモービル
4デュポン化学ナイロン・火薬生産
5フォード・モーター自動車軍用車両大量生産
6GE(ゼネラル・エレクトリック)電機家電・発電機生産
7シェル石油英蘭石油植民地資源を供給
8IBM機械パンチカード集計機で軍需支援
9ボーイング航空機爆撃機・輸送機生産
10コカ・コーラ飲料戦地供給でブランド拡大

6. 世界株式市場の推移

米国市場(NYダウ)

NYダウ(年末)備考
1939年約150ドル欧州戦争開始
1941年約120ドル真珠湾攻撃
1942年約92ドル戦時の底値
1945年約192ドル戦後上昇期開始

欧州市場

  • 英国は戦時も市場継続
  • ドイツ市場は戦況悪化で機能停止
  • 戦後は復興資金と米資本の流入で再建

7. 為替と国際経済

日本は戦前レート1ドル=4.2675円を維持していましたが、戦後経済は混乱し、実質的価値は大きく低下。

海外との取引はほぼ停止し、外貨不足が長期化しました。


まとめ

『火垂るの墓』の背景にある1940年代の経済史は、

  • 日本では株式市場が国策の一部となり、投資自由度が消失
  • 大企業は軍需・輸送・基幹産業に集中
  • 米国は戦争を契機に経済拡大、世界経済で優位を確立という構造でした。

物語の感動の裏には、このような経済と社会の激変があったことも忘れてはなりません。


参考文献

  • 日本銀行金融研究所『戦時経済下の日本金融史』
  • 大阪証券取引所編『日本株式市場史』
  • 国立国会図書館デジタルコレクション「戦時物価統制資料」
  • 岩波新書『昭和史(半藤一利)』
  • U.S. Bureau of Economic Analysis “Historical GDP and Corporate Rankings”
  • New York Stock Exchange Historical Data Archives

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